工房に入ると、棚にずらりと並んだ乳鉢の数に、まず圧倒された。入江さんは、陶磁器の絵付けを専門とされるが、絵付けの中でも特に、器を本焼きした後、鮮やかな色を器の表面に施す色絵を得意とされる。
数多く棚に置かれている乳鉢には、独自に調合された色絵の具が入れられおり、その乳鉢の数だけ、色の種類を持たれている。一つ、赤色だけを取ってみても明るい色調の赤から、暗い感じのものまで4種類ほど用意されていて、緑でも5種類以上の色調パターンがあるそうだ。陶磁器の絵の具は、水彩絵の具のように赤と黒を混ぜれば茶色になるというように、単純には色を作り出せない。水彩絵の具であれば、同じ茶色でも、赤に近い赤茶色から黒に近い焦げ茶色など、自分が希望する割合で混ぜ合わせればすぐに色の確認ができるが、陶磁器の色絵の具は実際に焼いて見るまで、どのような色に上がってくるか、わからないのである。
そういう性質を持つ陶磁器の色絵の具で、これほどの色のパターンを自ら作り出され、それを駆使して色絵を施されている入江さんの仕事に、脱帽させられる思いだ。色絵の具は、窯の温度の上げ下げや、窯の中のどの位置において焼いたかによっても、色の出方は違ってくることがある。また前回と同じ色に上がってくるかは、いつも心配だと入江さんは話されるが、長年、色絵の焼き物を焼いてこられて、今現在でも、なかなか満足のいく仕事にならないとも話される入江さんの言葉に、より完璧なものを追求したいという職人魂のようなものを感じる。
器に描かれるデザインも、もちろん入江さんのオリジナルのものだが、その幾何学模様の正確さや、細かさにも驚かされる。手描きで、ここまで描けるのかと思えるほどの、正確で美しい模様が器に施され、見ているだけでも、その世界観にすっと、入り込んでいく感じがする。正確で細かな模様であり、これを手描きするのは、いかにも大変であろうと思うのだが、入江さんは「こういう模様の方が、私は楽なんです。」と話される。おそらく、入江さんご自身がお好きな模様なのだろう。そして、その模様の絵付けをされているとき、楽しく作業をされている姿が想像される。その楽しく絵付けをされた雰囲気までもが、器から伝わってくる。これこそが、入江さんの色絵の器の魅力なのかもしれない。
色絵を焼く窯にも、入江さんはこだわっておられる。普通、色絵は「錦窯(きんがま)」と呼ばれる丸形の電気窯で焼くのだが、入江さんの窯は本焼きなどでも使われる四角い電気窯を使っておられる。この四角の電気窯の方が調子が良く、色が綺麗に上がるのだとか。格調高い作品に仕上げられることに余念がない。
入江さんは、仕事上のパートナーである岩國起久雄さんと共に昭和47年に裕起陶芸(ゆうきとうげい)を設立された。もともとカタカナでヒロ、子供の“子”の字でヒロ子が本名なのだが、裕起陶芸設立の際“裕”の字を充てられて裕子とし、岩国さんの起久雄の“起”と合わせ、裕起陶芸とされたそうだ。工房は「清水焼見学ツアー」のコースに入っていて、様々な国からの観光客が見学に来られるとのこと。伝統工芸士でもある入江さんの作品と仕事ぶりを、これからも内外を問わず沢山の人に見て欲しい。入江さんの作品は、「高台寺まほうや」や京都東山茶碗坂の「arts安木」、京都陶磁器会館などで見ることができる。
入江裕起
1932年 | 京都市東山区に生まれる |
1950年 | 京都府立陶工公共職業補導所研究科終了 井野祝峰・小川文斎・高木岩華にて修業 |
1967年 | 女流陶芸にて毎日新聞社賞を受賞 京展工芸に入選 |
1970年 | 京都府立陶工専修職業訓練校指導員免許取得 |
1972年 | 岩國起久雄氏と共に裕起陶芸を創立 |
1991年 | 京都上絵陶芸展にて京都府知事賞を受賞 |
1992年 | 京都府工芸産業技術コンクールにて受賞 京焼・清水焼展にてNHK賞受賞 京都上絵陶芸展にて知事賞受賞 |
1993年 | 現代の京焼・清水焼パリ展に出品 |
1996年 | 京都上絵陶芸展にて京都府知事賞受賞 |
2000年 | 京都色絵陶芸展にて京都商工会議所会頭賞を受賞 |
2001年 | 京焼・清水焼展にて経済産業大臣賞を受賞 |
2004年 | 京焼・清水焼伝統工芸士に認定される |
2005年 | 日本伝統工芸士会会長賞第二席、京都市伝統産業技術功労者表彰 |
2007年 | 日本伝統工芸士会会長賞特賞、京都色絵陶芸展知事賞受賞 |
裕起陶芸 入江ヒロ子
〒605-0878 京都府京都市東山区上梅屋町177
TEL/FAX:075-551-0734